台風一過となった今日は、日帰りで広島を訪問してきました。
今年は戦後70年の節目。
ということは、これ即ち原爆投下から70年の節目というわけで。
今回は「原爆を通じて、平和というものを学ぶ」ことを第一目的に行きました。
原爆ドーム。
元々は広島県物産陳列館として開館し、原爆投下当時は広島県産業奨励館と呼ばれていたそうだ。
(Wikipediaより。)
現在の姿は原爆が投下された後の姿そのままで残されている。
平和記念公園内にある原爆犠牲者の慰霊碑。
勿論、私も黙祷を捧げましたよ。
平和記念資料館。
現在東館は改修中のため、本館のみ立ち入れる。
中にある資料は原爆の恐ろしさを今に伝えるものばかり。
もう一つの目的、それは「被爆電車を撮る」
「被爆電車」650形(モハ653)。
650形は1942年に5両が製造された、広島電鉄初の大型車。
1945年8月6日午前8時15分の原爆投下により、5両全車が被爆するものの、早い車両(モハ652)は何と8月中に復活し、悲しみに暮れる広島市民を大いに勇気付けさせたと言われている。
それ以外の車両も順次復活し、1948年までに全車復活。
その後1953年に全車低床化されるが、1967年にモハ655が事故廃車。
それ以外の4両は冷房化、ワンマン化、行先表示器大型化といった改造がなされ、性能こそ他車に劣るものの、接客サービスは他車と同等に揃えられて、現役で活躍を続ける。
2006年にモハ653とモハ654が引退し、前者は予備車として保管、後者は広島市に寄贈され、広島市交通博物館にて展示中(現在修繕中のため観覧不可)。
それ以外の2両は、現在も尚ラッシュ時や団体・貸切用として現役で活躍中。
毎年8月6日には、原爆投下時刻に原爆ドーム前駅ですれ違うダイヤが組まれる。
そして70年の節目となった今年、保管されていたモハ653を、被爆当時の塗装に復元させて復活。
8月までの期間限定かつ応募制の貸切電車として、再び広島の街を走ることとなった。
午前の部と午後の部があり、午前の部は広島駅で、午後の部は相生橋で原爆ドームをバックに撮影。
他の電車も何気なく撮影したけど、この「何気ない」ということがどんなに素晴らしいことかを、改めて実感させてくれた気がします。
「平和」だからこそ、「普通」、「何気ない」が生まれるのではないかと思います。
平和を乱すようなこと(例えば、戦争など)は絶対にやってはいけない。
P.S
昼食にお好み焼き屋へ行ったんだけど、これがまたスゴイ店だったwwww
7/27追記
モハ654が修繕と同時に被爆当時の塗装に復元されたようです。
PR